第156号 2017年4・5月
オーガニックって?
「私、あなたの畑へ来て安心した」作業の手を休めずに、突然マーサが話し始めた。「日本に来るまでは、そして東京で大学に通っている時も日本はハイテクの国ですべての仕事が機械化されていると思っていた。けれど、ここへ来てしっかり鍬を使って作業をする農家がいて、そこでお茶やお米、味噌など伝統的な食が守られている。地に足を付けて生きている人が日本にもいる事を知って、本当に安心した。」
ケニア出身のマーサは奨学金で日本に留学し、アレロパシーについて研究、今春大学を卒業した。在学中に縁あって私の畑へ手伝いに来たことがきっかけで卒業後6か月間のインターンシップ先として当会を選び、9月まで共に農作業をすることになっている。農家のおばちゃん達が被る大きな日除けが付いたピンク色の帽子に地下足袋といういでたちで毎朝共に畑へ出かける。驚いたことに、鍬の使い方も草取りの仕方も全く教えずとも出来てしまう。鶏舎から逃げ出したすばしこい鶏もマーサはあっという間に捕まえる。彼女と同じくらいの年齢の日本の女子大生からは想像もできないほどの生活力というのか生命力というのかはわからないが、自然の中で力強く生きる術を持っている。小さな頃から農作業を手伝い家畜の世話をしてきた人は、日本人もかつては持っていたそういったチカラを今も兼ね備えている。
そんな彼女が真剣な顔をして、「歩はオーガニック農業をどう定義するか?植物工場はオーガニックか?」と尋ねてきた。近年、未来の農場モデルとして閉鎖的な空間で内部環境をコントロールし有機栽培で農作物の生産を行う工場型の生産システムへの参入が企業を中心に広がっていると聞く。光、空調、水や肥料の管理が完全制御され、外部からの害虫や病原菌の侵入も完全ブロックできるため、農薬に頼らずともオーガニック野菜が生産できるこのシステムは現行の有機JAS法のもとでは堂々とオーガニックと謳うことができる。自然環境から完全に切り離されているから、気候などにも左右されないなど良い事ばかりが喧伝されているが、果たしてこれは私たちが取り組むまたは考える有機農業と同じだろうか?マーサの質問はその様な葛藤から出てきた。まだこれから6か月の時間がある。その中で彼女なりの答えを見つけられるだろうと思う。ケニアに戻ったら有機農業を広め、農民たちの生活向上の役に立つ仕事をしたいと語ってくれた彼女が6か月間で何を感じ、考え、見出すのか、とても楽しみだ。いつか皆さんにも報告できたらと思う。
さて、話題は自然環境に大きく左右され続ける私たち自身の事へ。4月上旬の冷える夜、生産者が集まり、今年の新茶に向けた話し合いを持った。今年は4月になっても気温が上がらず、どの山の畑を見ても新茶の芽は一向に動いていない。「これはいつもより新茶が遅れるなあ」とある生産者が言うと、皆が大きく頷く。この時期は私たちの頭の中は近づきつつある新茶一色となり、ソワソワと落ち着かない。桜が咲けば新茶の収穫時期を占い、風が吹けば新芽の葉傷みを案じ、星が輝く冷たい夜は翌朝の遅霜に気をもむ。自然の中にあれば自然環境の影響は必ず受ける。けれど、自然の中にあればこそ得る心の躍動や喜びがある。新茶期には茶の新芽以上に生産者も輝く。そんな人が人らしくあれる農業を大切にし伝えていきたい。